鴦掘摩羅(おうくつまら)と鬼子母神(きしもじん)の話
住職 榎木境道

 少年たちのいじめから来る暴行・殺人や少年少女の誘拐事件、ひいては親子の関係にも痛ましい現実が及んでいます。
 現在のような世相に遭遇してみると、仏典にある説話の中身が改めて思い起こされます。そこには人間個々に潜む心の暗闇が様々に描かれているのですが、御書に「鴦掘摩羅(おうくつまら)は摩尼跋陀(まにばっだ)が教へに随って999人の指をきり、結句(けっく)、母並びに仏をがいせんとぎす」(顕謗法抄・284㌻)とある鴦掘摩羅(おうくつまら)の話もその一つです。
 「舎衛国の宰相の家に生まれた鴦掘摩羅は、無悩と名づけられた。長じて立派な百人力の体格を持ち、その上に家柄の良さもあり人々の目を引いていたが、教育を受けるため、とある有名な多聞博識のバラモン摩尼跋陀(まにばっだ)に預けられた。
 さて摩尼跋陀が留守の間に、その妻が無悩に愛欲の念を懐いて言い寄ってきた。無悩はむしろその不義を諭し、正直で冷静に対応したのである。ところがこの妻は逆恨みして、自らの衣装を切り裂くなどして無悩のことを悪者に仕立て上げようと、帰って来た夫の摩尼跋陀(まにばっだ)に讒言したのである。
 摩尼跋陀は無悩を恨んで仕返しを考えた。そこで摩尼跋陀の知る秘法を教えてやろうと偽り、梵天に生まれるためには七日の間に、千人の人を殺さねばならないと無悩に説いた。さらに殺すごとにその一指を切り取り、それをもって鬘(かつら)を作るように教えた。聡明な無悩は信じなかったが、しかし摩尼跋陀が刀を突き立てて呪文を唱えると、無悩は催眠術にかかったようにその刀を持って町に出た。そして会う人ごとに斬りつけ、指を集めていったのである。人々は無悩を鴦掘摩羅(おうくつまら)(指鬘外道)と呼んで恐れた。
 こうして七日が過ぎて、無悩は999人の指を集めたが、最後の一人がなかなか見つからない。そこで自分の母を殺害してその指をもって滿数にしようと考えた。無悩のことを知った釈尊は、教化しようとその前に姿を現す。無悩は釈尊を見ると、この覚りすました僧こそ、母の替わりに殺してやろうと思い刀を構えた。ところが近寄ろうとしても釈尊との間は少しも縮まらない。焦っている無悩に対して釈尊は述べた。「私は自在を得ているので汝から危害を受けることはない。しかし汝は今悪師に従って良心を顛倒(てんどう)し、昼夜といわず悪業を造っているので自在が得られないだ」と。
 諭された無悩は、ようやく自らの邪心に気づき、悔い返して、釈尊の弟子になることを誓った」(賢愚経取意)
 教えが間違っていると、どんなに勝れた人でも誤った道へ入ってしまうことに譬えたものです。話の内容は誇張されていても、釈尊の時代に、鴦掘摩羅のような者がいたゆえにできた説話です。現代も変わらない世の中である事が実感されます。

 もう一つ、御本尊の相貌に示されている、鬼子母神にかかわる説話を紹介しましょう。
 「鬼子母は王舎城に近い山に住んで、歓喜母とも呼ばれるほど非常に美しい容姿をしていた。ところが自らは500人の子があるにもかかわらず、夜な夜な人の子を捕まえては食べてしまう性癖があった。困った王舎城の人は釈尊に救いを乞うたところ、釈尊は鬼子母のいない間に、その500人の末子一人を連れ去った。
 帰ってきた鬼子母は最も可愛いがる我が子がいないことを知って、痛恨し悲泣した。人に勧められるまま釈尊の処へやってくると、釈尊は『汝には500人も子どもがいるのであれば、一人くらいいなくなっても、悲しまなくて良かろう』と話しかけた。鬼子母としてはそう言われても、決して納得できないし悲しみが収まるわけもない。そこで釈尊は、『500人もいる汝の子でさえ、一人いなくなればそれほど悲しいのだ。まして世間は、一人二人しかいない親ばかりだ。その子を汝がさらってしまえば、親はどれほど悲しむであろう』と諭され、鬼子母は初めて自らの罪障の深さを知った」と。
 人の痛みはわからなくても、自分のことだけは敏感な人が多い世の中です。鬼子母のような性癖ある人が、非常に増えているのではないかと思うのです。
 ところで『日女御前御返事』(御書1231㌻)には、鬼子母のことを「鬼のならひとして人を食す」(取意)とありますが、『経王殿御返事』には、
 「南無妙法蓮華経は師子吼の如し。いかなる病さはりをなすべきや。鬼子母神・十羅刹女、法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり」(御書685㌻)
と仰せです。鬼子母は妙法に帰依したことで、正法の行者を守護する善神の命に変わったのです。
 末法濁悪の世の中、これまで無かったような事件が次々に起こっていますが、この時こそ正法が流布する時ととらえましょう。この世を末法濁悪世とするか、広宣流布の仏国土にするかは、私達の行動次第です。
 我が使命を自覚していっそう折伏に邁進しましょう。

(平成28年4月 公開)